アニログ小説「友人Sのひとりごと。」Episode1
あらすじ紹介
恋愛ストーリーの主役の横には、大体妙に良い仕事をする友人が居る―― 突然親友から「恋人を紹介する」と呼び出された佐久間有は、あまりにも意外すぎる人物と対面する。 更に新しく出来た友人にも、なにやら秘密があるみたいで――? ワケ有りな友人達の絶対の味方、名脇役たる友人Sの苦労と葛藤の日々を描いた青春「サイド」ストーリー!
本編
――まずは状況を整理しよう。
今は昼休みで、ここは屋上である。
目の前には、親友(といって差し支えないくらいの付き合いであるはず)の児嶋護がいて、俺はこいつに、「紹介したい人がいる」という名目で呼び出された。
更に丁寧な前フリとして、昨夜「好きな人と付き合うことになった」というご報告LINEを貰っている。
つまり俺は護から、初彼女を紹介される、そういう流れだったはずだ。
それなのに何故俺は、普通に弁当を食べているのだろう。
「護。彼女はどうした」
今この場にいるのは、俺と、護と。イケメンの飯田。
「いるよ」
「え」
「ご紹介します。――花村草太君です」
そして、花村草太。
「???存じ上げておりますが??」
辺りをきょろきょろ見回しても、○坂の橋本似の彼女(想像)はどこにもいない。
「……まあ、そうだよな。そういう反応だよ普通は」
ツナサンドを丁寧に一口サイズにちぎりながら、花村が笑う。
「ごめん佐久間。俺ら、付き合うことにしたんだ」
そしてその名を具現化したかのような笑顔からは想像できない男気で、護を軽々と出し抜いたのだった。
「……は?」
もう一度、状況を整理したい。
昼休みで、屋上で。今ここにいるのは、俺と護と、飯田と花村だ。
そして、護から同じクラスの花村を紹介された。
――彼女として。
同じような形で呼び出されたっぽい飯田は、「まじで?」と素早く現状に対処している。
マジで? の答えはイエス。どうやら本当に、二人はお付き合いをしているようだ。
なんということでしょう。
――身近でボーイズラブ起きてんだけど?
「ゆ、有。驚かせてごめん! でも俺、お前に黙ってるのキツくて」
俺がリアクションをしないことに不安になったのか、護が泣きそうな顔で俺の肩を掴んでくる。
――俺は別に、お前が幸せならそれで。
――よかったじゃん。恋人が出来て。
咄嗟に思い浮かんだ言葉は、紛れも無い本音。
だが思ったよりも動揺が大きいのか、それらは喉元をきれいに通過していて脳みその奥へと溶けていった。
そして代わりに出た言葉が。これだ。
「――な、何か気をつけることある?」
まさかのカミングアウトから数時間。
俺は人気もなくなった教室で、ぐったりと机に身体を這わせていた。
それは妙に長い一日になったな、という疲れのせい。
そしてなにより、脳内一人反省会を自宅に持ち帰りたくなかったのである。
カミングアウトの内容自体は、驚きはしたけれど思うところはない。
元々恋愛自体に興味関心が薄いせいもあって、
おそらく二人が一番気にしているであろう性別の組み合わせについても、特に。って感じだ。
問題は、自分のリアクションの不味さである。
勿論、かなりの後付ではあるが、祝福の言葉は送った。
だけどやっぱり、初手のあれはだめだろう。
(――何だよ。気をつけることって。)
(――相手が女の子だったら、絶対に言わないだろ)
(それじゃあ偏見ありますよと言ってるようなものじゃないか)
絵に描いたような。ザ、自己嫌悪である。
「おーい佐久間。生きてるかー」
「……ん?」
「やばい顔してんね」
呼ばれて顔を上げると、前の席に飯田が座っていた。
いつの間にそこにいたのだろう。気配を消した飯田が凄いのか、俺の落ち込みに対する集中力が凄いのか。
まったく、さっぱり気づいていなかったので、普通に驚いてしまった。
「これよかったらどーぞ。くじで当たったんだけど、俺甘いの苦手で」
差し出されたのは学校近くのコンビニのプリンだ。
さっさと帰ったと思っていたのに、買出しにいっていたのか。
膝の上の袋から出てきたのはスナック菓子とお茶が2本。これはおごりで。
とのことなので、ありがたくいただく。
「ちょっと話そうと思ってさ」
「うん。……俺も話したい」
「知ってる。午後、チラチラこっち見てたろ」
「それは気づいてないフリしてよ」
俺と飯田は、今年初めて同じクラスになったばかり。ただのクラスメイトという関係だ。
花村とよくつるみ、イケメン故に女子から絶大な支持を受けている。それくらいの認識しかない。
けれどあの場にいた関係者は俺と飯田だけだ。
そう思うと妙な仲間意識が生まれて、思わず目で追いかけてしまっていた。
――無意識に、救難信号でも出していたのかも。
それに気づいてわざわざ時間を作ってくれたのなら、感謝しかない。流石イケメンは心の余裕が違う。
「いやあでも、驚いたよね。まさかあの二人が付き合い始めるとは」
だが、あの場では飄々としているように見えた飯田にも、少なからず動揺はあったようだ。
その事実に、とりあえずほっとする。
「花村、何も言ってなかったの?」
「んー、恋愛相談はされてたよ。まさか180cm越えの男が相手だとは思わなかったけど」
「それは……驚いたろうな」
「うん。こっちは子リスみたいな女の子を想定してたから余計に」
「……子リス」
おい、護。お前花村の前でどんなツラしてるんだ。何がどうしてお前がリスになるんだよ。
俺の中の児島護は限りなく人類に近い痩せ型のゴリラなので、眉間に皺が寄ってしまう。
――それに
「お前は相談とかされてなかったの」
「何も。だから完全に、晴天の霹靂だ」
俺は何も聞いてない。
普通は付き合いますの前に何かしらあるんじゃないのか。
相談とまではいかなくても、好きな子がいるくらいのフリは。
一応親友と思っていただけに、そのあたりのことはちょっとだけショックだ。
「……俺、友達として信用されてないのかな」
「ええ、そこまで言っちゃう? そんなことないでしょ。信用されてなきゃ、紹介なんてしないよ」
「でも」
「草太と児島でタイプが違うだけだって。お前だったら、児島に相談する? 男を好きになったと仮定してさ」
自分だったらどうだろう。
あまり現実味がないけれど、少しだけ考えてみる。
自分が、たとえば目の前の男に惚れたとして。(いやほんとイケメンだなこいつ)
それを、親友に――。
「しないな」
ああ、うん。しないな。
俺も護も、性別をぼかして相談なんて器用な真似できそうにないし。
シンプルに、反応がこわい。
「ならいいじゃん、別に」
「……ありがとう。ちょっとスッとした」
「それはよかった」
まともに向き合って会話をするのは初めてだけど、飯田は多分いいやつだ。
さらっとしてるし、話を聞くのが上手いし。何よりプリンをくれる。
普段は躊躇うお値段のコンビニプリンに遠慮なく手を伸ばしながら、カップル成立の副産物的な出会いにちょっとだけ感謝した。
なにせ相手は、学年でも1、2を争うモテ男だ。
きっかけもなく自然と仲良くなるなんてことは、絶対にないだろう。
「……その感じなら、付き合い自体に反対はしてないんだよね? ほんとは男同士とかちょっとないなーって思ってるとかも」
「ない」
「よかった。……いや、草太が気にしててさ」
「花村が?」
ちなみに花村もモテる部類の優男だけど、こちらは去年同じクラスで、ちょっとだけ絡みがあった。(合宿の班が同じだったのだ)
いいやつだ。親友からの報告に、素直に「おめでとう」って言えるくらいには。
「何か気をつけることある? って、アレ」
「ああー……」
やっぱり、それが気になったか。
と、一瞬晴れた雲が、もう一度心の上のほうにかかる。
だって自分でもまずいと思ったんだ。
色々と敏い花村が、スルーしてくれるはずがない。
「誤解しないでほしいんだけど。ほんとに、二人のことはおめでたいと思ってるよ」
「うん」
「あの時はちょっと混乱してて、色々思考が先走っちゃったっていうか……うーん、難しいな」
「よし、糖分摂取だ」
促されるままに、プリンをひと掬い。
やっぱり良いお値段するやつは旨くて、つい勢いよく、二口目、三口目を口に入れてしまう。
「……性別のことを気にしている、といえばしてるんだよ」
「うん」
「あの時、護のやつ俺の両肩掴んだろ。すがりつくみたいに。咄嗟に思っちゃったんだよね。あ、これ、花村的にはセーフなやつ?って」
「……うん?」
プリンの効果か、それまで頑なにブレーキを踏んでいた口と脳みそが、ようやく動き始めた。
「俺と護の間に恋愛感情なんて1ミリもないよ。でも、仲はいいじゃん。遊びにくし、なんなら家にも泊まるし。フィジカル的な距離感も、多分他の奴等より近いんだよね。さっきみたいに。これって、花村的にはどうなんだろう。許容範囲なのかな」
「あーなるほど。……うん。そういう問題は、あるか」
いや、プリンのせいじゃないな。
一人じゃないから。
聞いてくれる人がいるから、声に出せて。
「男同士だと、はっきりした線が引けないもんな」
独り言じゃないから、答えが返ってくる。
「うん。だから気にしないけど、気にしたほうがいいのかなって。――花村がいやな思いするのは、嫌じゃん」
あの時は完全に一人で。動揺のあまり、考える前に口走ってしまったけれど。
本当に、言葉以上の意味はなかったんだ。
気をつけて欲しいこと。守って欲しいライン。
それは多分、当人たちにしかわからないことだから。
「――成程」
「納得してもらえたなら、やんわりと花村にお伝えいただけると……」
「いや、それじゃなくて。……草太がお前にびびってた理由がわかった」
「え、びびられてんの俺」
「ああ。嫌われたらどうしようってな。確かに、お前に嫌われたらダメージでかそう」
「ええ、なんで」
「いいやつだからだよ」
俺は自分のことを、いいやつ二人にいいヤツといわれるほどいいヤツだとは思っていない。
謎の過大評価に思わず首を傾げてしまったけれど、飯田はそれ以上説明するつもりもないらしく、まあこれも食えよとスナック菓子が差し出される。
「まずい。イケメンに餌付けされてしまう」
「安上がりだなあ」
その日はそれ以上二人については触れず、おやつを食べきるまでの短い間、他愛のない話を続けた。
どうなることかと思った一日も、とりあえず心の平穏を取り戻した状態で終わることができそうだ。
親友に恋人が出来た事を知った日。
俺のスマホの電話帳にも、友人の名前が増えた。
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