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    3. アニログ小説「ミヅメ」Episode3

    アニログ小説「ミヅメ」Episode3

    本編

    【第三章:『邪魔』】

     美しい爪と書いて「ミヅメ」と呼ぶことにした。

    いままでは呼び名がなくても、特に困ることもなかったが、先輩に彼女の名前を聞かれて、ふいにそう答えてしまった。

    あれから、先輩はたびたび僕の部屋に顔を出すようになった。

    彼女さんとは仲直りをしたらしく、それ以来泊まりにくることはなかったが、大学の単位を取り終えたという先輩は空き時間にウチに来てダラダラと過ごすことが増えた。

    相変わらず気ままに読書をし、最近見た動画の話をしたり、腹が減ると近くの牛丼屋に2人で向かった。

    僕はこれまでの人生で、ここまで誰かと親しくなったのは先輩が初めてだ。

    ミヅメとの出会いに加え、僕の生活に新たな空気が流れ始めた。

    気になることと言えば、先輩がウチに居る間、ミヅメが姿を見せないことだった。

    ミヅメの美しい手を、先輩にも早く見てもらいたかったのだが、恥ずかしがっているのか一向に出てきてくれない。

    一方で先輩はというと、全く何も聞いてこなかった。

    僕が同棲していると言いつつ、いつ来てもミヅメが居ないこと、彼女の衣類や日用品が部屋に無いことなど、先輩にとって不可解な点はたくさんあったと思う。

    しかし先輩は察しがよいのか、僕を気遣ってなのか、「今日も居ないんだね」くらいに呟くと、それ以上は詮索してこないのだった。

    そんな生活が続いたある日、先輩が自分の彼女を連れてきたいと言い出した。

    話によると、現在同棲しているという彼女さんはバイト先で出会った歳上の女性で、結構な読書家らしい。

    特に、僕と同じく明治文学に興味があるらしく、ウチの書籍コレクションに並々ならぬ関心があるそうだ。

    そこで先輩は、ぜひ僕を紹介したいと言う。

    とはいえ、僕だって彼女と同棲している身だ。

    この部屋に別の女性を招くのはミヅメに対し申し訳なく思い、どうしようかとしばらく悩んでいた。

    外で会おうと提案してみたが、ウチの書棚を見たがっているので、それでは意味がないと言われてしまう。

    先輩がやけに強く食い下がるので、結局、僕は折れて2人を部屋に招くことにした。

     摩耶さんは綺麗な人だった。

    玄関で初めて会った時、摩耶さんは無言で微笑み、会釈をした。

    ストレートの黒髪が肩の上で揺れ、逆光に映った細身のシルエットが印象的だった。

    部屋に上がると、さっそく摩耶さんは書棚に並んだ本に興味を示し、あれこれと質問してきた。

    先輩も含め、僕たちはしばらく本に関するマニアックな談義を楽しむ。

    摩耶さんは時折、書棚のほうをチラチラと見ていた。

    不自然に隙間を設けられた収納の仕方に、おそらく違和感を感じていたのだろう。

    理由を聞かれれば正直に答えようと思っていたが、摩耶さんは何も尋ねてこなかった。

    3人で話している間も、摩耶さんは何度も書棚の前を往復して、次々と本を手に取っては目を通していた。

    先輩と同じく、摩耶さんも本当に読書が好きなようだ。

    大人びた雰囲気をもちながらも、無邪気に本を見つめるその横顔は可愛らしくもあり、魅力的に見えた。

    先輩が惚れるのも頷ける。

    「あ、この本、どこで買ったの?」

    書棚を見ていた摩耶さんに尋ねられた。

    「神保町の古書店です」

    「私、ネットでも探したんだけど見つからなくて。ずっと読んでみたかったの。貸してくれないかな?」

    「構いませんよ」

    「本当? ありがとう」

    そんなやりとりをしながら、ひとしきり時間を過ごし、そろそろお開きかという空気が流れ始めた。

    「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

    先輩がそう言うと、摩耶さんは頷いて立ち上がろうとしたが、急に前のめりによろけて転びそうになった、先輩が慌てて手を差し伸べる。

    「どうした?」

    「いえ…、ちょっと、足が痺れたみたい」

    そう言った摩耶さんの顔がひどく青ざめているのが僕にはわかった。

    先輩は笑って摩耶さんの手を取り、立ち上がらせた。2 人を玄関まで見送る。

    「今日は、ありがとう。ミヅメさんに、よろしく。」

    摩耶さんが深々とお辞儀をする。

    そして先輩と並んで帰っていった。

    摩耶さんの言葉に、わずかな違和感を覚える。

    2人の姿が見えなくなる前に、僕は扉を閉めた。

    鍵をかけ、部屋に戻る。部屋は静まり返っていた。

    「ミヅメ、僕が悪かった。怒らないでくれ」

    僕にはわかっていた。

    さきほど摩耶さんがよろけたのは、ミヅメが背中を押したからだ。

    誰にも見えないように、ミヅメがやったのだ。

    やはり、女性をこの部屋に上げたのはまずかった。

    ミヅメの承諾も得ないまま、勝手な行動をしてしまったことに後悔の念が押し寄せてくる。

    ミヅメを怒らせてしまっただろうか。

    ミヅメに嫌われたくない。それだけは絶対に嫌だ。

    そう考えれば考えるほど思考はネガティブなループに陥り、僕は夕飯を食べることも忘れ、部屋の真ん中に座ってずっとミヅメに謝り続けていた。

    どれだけ必死に謝っても、ミヅメが現れることはなかった。

     冷たい両手で首を絞められる感覚がして、ハッと目が覚めた。

    うなだれたまま、眠ってしまったようだ。

    長時間、体育座りのような姿勢でいたためか、身体がギシギシと痛む。

    じっとりと汗もかいていた。

    泣きつかれて寝てしまうなんて、我ながら子どもみたいだなと思った。

    首元がひんやりとして寒気を覚えたので触れてみると、ミミズ腫れのようなものができて首を一周していた。

    ミヅメが触れてくれたのだと、すぐにわかった。

    僕に対する嫉妬から首を絞めたのだとしても、今の僕にはそれすらも嬉しかった。

    ミヅメが拗ねて、このまま出てこなくなるほうが何倍も怖い。

    ミヅメの居ない生活に戻るくらいなら、彼女に殺されるほうを僕は選ぶ。

    ミヅメの手であの世に逝けるのなら本望だ。

    時計を確認すると深夜0時を回っており、先輩たちが来た時に出したコーヒーカップがそのままの状態になっていることに気が付いた。

    無心で後片付けをし、シャワーを浴びて、スウェットに着替える。

    部屋の明かりを間接照明に切り替え、いつものようにコーヒーを淹れ、ふたたび座椅子に腰かけた。

    ミヅメが姿を現してくれるまで、いつまでも待とうと心に決めた。

    「ミヅメ、僕はずっとここに居るからね」

     スピーカーから、モーツァルトの“鎮魂歌 レ ク イ エ ム
    ”を流し、しばらく音楽に聴き入る。

     何も考えず、ぼんやりと書棚に目をやった。

    すると、何やら違和感を覚えた。いつもの景色と違う。

    いつもは、並べた本にはところどころミヅメが通れるくらいの隙間を空けているのだが、その時は、それがなくなっていた。

    すべての段の本は隙間なく端に寄せられ、片方に大きな空白ができて棚の背板が見えている。

    これでは、ミヅメが手を出す空間がどこにもない。

    誰がこんなことをしたのかと思ったが、思い返すまでもなく、摩耶さんの仕業だと僕にはわかった。

    彼女は何度も書棚の前に立っては本を物色していた。

    その際に本の並びをいじったのだろう。

    どうして、わざわざこんなことをしたのだろうか。

    いくら几帳面な性格だとしても、初めて会った人の家でこんな行動をとるのはおかしい。

    それに、帰り際に「ミヅメさんによろしく」と彼女が言ったことも引っかかっていた。

    3人で過ごしている間、僕はミヅメの話はしていない。

    もちろん、先輩から事前にミヅメのことを聞いていたのだと思うが、わざわざ帰り際に名前を出されたことに、妙な感覚を覚えた。

    書棚の本を並べ直し、ふたたび隙間を作る。

    その間、摩耶さんについて考えた。

    もしかしたら、摩耶さんは何かを感じ取っていたのだろうか。

    ミヅメの存在そのものを見たわけではなくても、そこに何かがいるということは、察していたのかもしれない。

    それならそうと、僕に確認してくれればいいだけだ。

    僕はミヅメの存在を隠すつもりはない。

    なのにわざわざ、僕に気づかれないように本を並べ直すようなマネをするのは、何か意図があってのことだろう。

    あの女は、もう部屋に上げるわけにはいかない。

    我ながら余計なことをしてしまった。ひどい自己嫌悪に陥る。

    いっそ消えてしまいたいという気持ちに駆られていると、先輩から LINE が来た。

    内容を確認する気にはなれなかった。

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